「参院埼玉補選 前埼玉県知事の上田清司氏が当選」
 2019年10月28日 0時01分
 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191027/k10012152651000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_001


 はっきり言って、終始、「立花・上田という野武士に狼狽する既成政党」という図式ではなかったか。

 過去の知事選の延長という固い位相に縛られ、そのアングルをリセットし、リビルドすることがかなわなかった。有権者にはその距離感がネガティブに映り、投票を敬遠する主因となった。

 既成政党においては、あす(28日)以降も「候補者本人の問題。我関知せず。」という空気を出し、その圧で守りの構えを続けるだろうが、それこそ思考停止であり、歪な政治感覚である。

 西南戦争、秩父事件のスローガンとなった「新政厚徳」は、どこに消えてしまったのか。口を揃えて、”れいわ新時代” と念仏のように唱道するのはいいが、今回の結果のように議会制度、選挙制度の沈降が具現化した事実にまず、向き合うべきである。形式と実質、理念と現実の乖離が甚だしい。政党は何のために存在するのか。

 何より、この状況で ”バンザイ” をする感覚が理解できない。

 思わず、2004年10月9日のIWGPヘビー級選手権、(王者)藤田和之VS(挑戦者)佐々木健介の一戦を思い出す。

 試合は、藤田が序盤、佐々木にスリーパーホールドを掛けているさい、偶然にも自分の両肩がマットに付いてしまったため、カウント3を取られ、敗北した。たった2分29秒の戦いだった。

 佐々木は一瞬、状況が掴めなかったものの、レフェリーから勝利を告げられ、コーナーポストに立って、「藤田を倒したぞ!」と勝利者ポーズを決めてしまった。

 リングを降り、選手控室に戻ったとたん、この行動について、妻でありマネージャーである北斗晶から強烈な「ダメ出し」を喰らった。あの有名なシーンである。

 要は、戦に勝っても、ポーズを決めていい場合といけない場合がある、ということである。勝利の意味、価値を考え、対外的な表現に移らなければ、末代の恥となる。

 プロレス脳と政治脳は相似性があると思うが、この意味での「脳力」を鍛えることの大切さを改めて痛感した。