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タグ:最低投票率

 国民投票法が制定された2007年前後、いわゆる「最低投票率」を憲法改正の成立要件とすべきか、論争になったことがあります。忘れない程度に、この議論の問題点を指摘しておきます。

 有権者100名の国で、憲法改正国民投票が行われるとします。
 そして、投票総数の過半数の賛成があった場合、憲法改正が成立するものとします。

 国民投票の結果、賛成20票、反対19票、であったとします(以下のケースでも無効投票はないものと想定)。
 投票総数は39票、賛成票が過半数を占めるので(相対得票率51.28...%)、憲法改正が成立します。

 ここで、100名の有権者のうち20名、つまり5分の1しか賛成の投票を行っていない中で、憲法改正が成立するのは不当ではないかとの疑義を挟む余地が生まれます。そこで、最低投票率を40%などと設定し、低い投票率の場合には、憲法改正を不成立とすべきという主張がなされるのです。

 しかし、賛成20票で憲法改正を成立させるべきではないという主張の背景にあるのは、得票率(全有権者数を母数とする絶対得票率)の問題です。

 問題は「得票率の低さ」なのであって、39%という投票率は関係ありません。同じく投票率39%で賛成が過半数を占めるケースとして、「賛成20票、反対19票」から「賛成39票、反対0票」まで、様々考えられます。「賛成39票、反対0票」のケースでは、相対得票率100%、絶対得票率39%となっているわけですから、このとき、憲法改正を不成立にすべきというのは、ハードルを上げ過ぎであると言わざるを得ません。

 また、最低投票率要件を置くと、矛盾が生じます。

 仮に、最低投票率要件を40%とします。投票率がギリギリの39%であって、たとえ賛成の投票が過半数を占めていても、憲法改正が不成立となります。

 この点、投票率が41%の場合(最低投票率をクリアします)、賛成21票、反対20票というケースと、投票率39%(最低投票率をクリアしません)で賛成39票、反対0票というケースを比較してみます。前者における賛成の投票は相対得票率51.2%、絶対得票率21%、後者のそれは相対得票率100%、絶対得票率39%と、後者の方が明らかに優勢であるにもかかわらず、最低投票率を40%と定めるが故、憲法改正を「不成立」としてしまうのです。

 結論を言えば、低「得票率」の問題を、最低「投票率」要件の設定を以て克服することはできない、のです。
 最低投票率要件を設定すると、投票棄権(ボイコット)運動を誘発するという批判は、二の次です。

 あえて低得票率の問題を正面から解決しようとすれば、「過半数」という相対得票率要件しか定めていない憲法第96条第1項を改正し、絶対得票率要件を追加するといった方法が考えられるところです。例えば、「投票総数の過半数(相対得票率)及び有権者総数の百分の四十を超える数(絶対得票率)の賛成を必要とする。」と規定するのです。

 憲法第96条第1項が「相対得票率+絶対得票率」要件になれば、憲法改正の賛成派は、単に過半数を目指すだけでなく、有権者の4割超の投票を得ようとして勧誘運動が盛んになる一方、反対派は否決に追い込むべく、一票でも多く反対の投票を得ようとして勧誘運動が精力的に展開され、総体として投票率が上がるという効果が期待できます。

 もっとも私は、近年、この「最低投票率」の問題を、あまり積極的に話題にしないようにしています。
 社会には、基本的な算数を苦手とする方が少なからずいることも確かで、終始、百分率の話を説く(説き伏せようとする)のは苦痛を与えかねないのです。

 得票率の問題を投票率の問題にすり替えてはいけません。
 単なる用語遣いの問題として、メディアがまず、その社会的理解を促すべく、記事(見出し)に工夫を施すべきと考えます。
20170120_W530_003
 本書125-127頁を参照。

 憲法70年:点検・国民投票制/2 最低投票率棚上げ 10年前、参院で付帯決議
 https://mainichi.jp/articles/20170503/ddm/002/010/053000c
20170430_D90_040(臨時快速おさんぽ川越号)
 臨時快速おさんぽ川越号(9224M)
 2017.4
 JR川越線 南古谷−指扇
 Nikon D90
 Ai AF Nikkor 28mm f2.8
 1/2500
 F3.5
 ISO320
 PLフィルター

8fd91dbe.jpg 本日のテーマは「立憲主義と民主主義」。
 「多数決原理」=「正義」という単純な民主主義はダメ。その濫用の歯止めとなる「立憲主義」が前提として機能することが必要――あまりにも当たり前のことが、戦後の政治で意識されてこなかったことについて、厳しい問題提起がなされました。
 
 出席者からは、国民投票法案の採決についても様々な質問が。。。

 憲法改正の手続きを定める国民投票法案の参議院での審議について、参議院民主党内では、新たな修正案に国民投票の成立に一定の投票率を満たすことを条件とする「最低投票率」の規定を盛り込むべきだという意見もあり、議論が行われる見通しです。(→つづき

 朝日新聞の記事が波紋を呼んでいます。
 国民投票法案、79%が最低投票率は必要 朝日新聞調査

 「投票率が一定の水準を上回る必要がある」と考える人が79%に上った、とのことです。

 最低投票率の議論はいま、混乱していると思います。
 最低投票率を設けてはいけない理由 と
 最低投票率を法律で規定してはいけない(憲法で規定すべき)理由 とが、ごちゃごちゃになっている気がします。

としては、
1.最低投票率を設けると、棄権運動(ボイコット・キャンペーン)が起こる。本当に棄権したい場合はともかく、国民「投票」である以上、賛否の意思は具体的な投票行為で示すべきである。
2.最低投票率を実際設けた自治体の首長(岩国市長)は、後日後悔している。住民投票において、好意的に受け入れられているわけではない。
3.最低投票率を40%とした場合、例えば39%の投票人の意思がすべて無駄になってしまう。
4.最低投票率ギリギリで成立した場合、その結果は賛否どちらかに極端に偏在する。
また、棄権者は、真の意味での「棄権者」と、反対意思にもとづく「棄権者」が混在することになる。訳のわからない投票結果を生むだけであって、結局のところ民意が正しく反映されない。
5.憲法改正案の内容によっては、高い投票率が望めない場合がある。改正をせず、憲法条文の空洞化を招くほうがより深刻である。

としては、
1.憲法に規定のない加重要件を課すことになり、憲法上疑義がある。
2.最高規範である憲法の成立要件を下位の法規範で決することは、規範構造上、背理である。憲法に対し、失礼な思想・態度である。
3.法律で定めることとすれば、多数決原理によって如何様にも恣意的に改正されてしまう。
4.「最低投票率を下回った場合、原条文の尊重義務を課す」という公権力を拘束する規範的効果を発生させるのがこの規範の本質である。原憲法条文を守れと主権者側が公権力を拘束し、命令するという意義に照らし、本来的に憲法典で定められる事項である。
5.比較法制的にみて、諸外国では最低投票率ないし絶対得票率は憲法典で定められている。

 最低投票率を設けるべきであるとの主張のほとんどが、の区別が出来ていません。
 法律で定めることには反対だけれども、憲法で定めることには賛成であるという意見、世論を反映させることができない点で、上記アンケートは明らかに失格です(最近、こういうデタラメなアンケートが流行っていますが・・・)。

 最低投票率が当然必要だと考えるのであれば、それは憲法で定めるか、法律で定めるか、議論の出発点はここです。
 法律で定めることには賛成だが、憲法を改正してこれを定めることには反対というのであれば、それなりの理論武装が必要なはずです。。。

 最高裁判事国民審査法§32但書についても、まさに再抗弁として、葉梨康弘・併合修正案提出者の答弁通りです。

 いま、「法律案」の審査をしていますので、最低投票率を法律で定めることを前提した議論が進んでいます。法制化を強烈に主張する政治家は、これを憲法典に書き込むことについて問われたことまで考えて議論ができているかどうか、改めて見識が問われることになるでしょう。。。最低投票率を法律で定めるという、稀有な国にならないためにも。

 まずは、下記リンクをご覧ください。

 札幌テレビ放送「どさんこワイド180」

 (70歳代男性)「人間の根源を根こそぎ否定するような法案」
 (18歳女性)「知らないです!」「戦争やってもいい、みたいな法律ですか?」
国民投票法案は夕方の衆議院本会議を通過しました。多くの国民の理解も同意も十分に得られないまま、5月には参議院も通過して成立する見込みです。


 「人間の根源を根こそぎ否定する」とは、平和主義(前文、9条)、個人の尊厳(13条)など、近代憲法の基本原則を蔑ろにするおそれを秘めているということでしょうか?

 「戦争やってもいい、みたいな」とは、海外における積極的な武力行使を指すのでしょうか?

 いずれの発言も、国民投票法案とはまったく無関係のテーマです。
 「国民投票法案」=「戦争への道」というのは、一部マスコミの虚言に過ぎません。そのイメージに駆られている国民は意外に多いと思います。

 国民が主権者として憲法制定(改正)権を行使するという話と、
 国民が主権者としての「賢慮」に基づいて、憲法改正権の限界付けを行うという話は、明確に区別をした上で、議論されるべきです。

 国民主権の本質、国民投票法制定の意義をなぜ正面から伝えようとしないのでしょうか?
 とくに放送メディアはその自覚が足りないように思います。

 「多くの国民の理解も同意も十分に得られない」のは、ある種当然です。
 国民投票法案に関して、メディアがほとんど関心を寄せてこなかったからです。

 12日の報道は、明らかに「松坂vs.イチロー」の特報の合間を埋めるとしか言いようがない扱いです。
 昨年、衆院本会議で初めて趣旨説明が行われた日には(2006年6月1日)、駐車違反取締りの民間委託が始まった日ということもあって、各社トップニュースはすべてこちらでした。

 偏向して垂れ流されたイメージは怖いということ・・・本番の国民投票キャンペーン期間中にもこのような報道が氾濫するかと思うと、ゾッとします。
 放送法3条の2の理念に則り、放送の自律に徹するというのであれば、きちんと実行していただきたい。そんな思いで、民放連に喝です。

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