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タグ:権力分立

 2017.2.15
 マガジン9連載 立憲政治の道しるべ(第112回)
 「憲法改正論議の呼びかけは、憲法違反ではない。」異例の政府答弁書を読む
 http://www.magazine9.jp/article/rikken/32208/
 http://blogos.com/article/210367/
20170211_D5100_093(8009レ・カシオペア紀行|EF81-80)

 衆参両院に憲法審査会が実質的に立ち上がらず、
 2007年も残り3か月となってしまいました。

 国会が堂々と国会法違反を犯しています。
 参院においては、附帯決議15[憲法審査会による調査]にも
 反しています。
 凍結期間中の調査をも、二重に凍結してしまっているの
 です。

 私は、[改憲派/護憲派]二分論に一切与しませんが、
 便宜上、この概念を使うとすれば、
 政治の現場における改憲派と護憲派は、憲法審査会の立ち上げ
 から、ともに逃げています。

 参院選の敗北は、安倍前首相の復古的政治観、イデオロギー
 にあると考える改憲派(とくに与党一部の独自路線派)が、
 いまや憲法論議をタブー視するという皮肉な状況です。

 政治的な損得で、憲法審査会の意義が考えられるように
 なってしまいました。

 憲法審査会の権能は、憲法改正原案の審査だけにあると
 誤解している人も、相変わらず多く見受けられます。
 憲法、憲法関連基本法制を広範かつ総合的に調査すると
 いう役割は、
 ざっくばらんに言えば、憲法問題、憲法事件を対象に
 広く議論するということです。

 9条だけではありません。
 年金保険料の横領、内閣総理大臣の突然の辞職・・・。
 憲法的観点で論じ合うテーマは、最近のニュースを見ても
 たくさんあります。
 およそ、現行憲法が想定していないような事件が起きて
 しまっているのです。

 そこから何が生まれるか。
 憲法改正原案のアイデアが生まれてくることもあれば、
 それには至らず、自由討議のような場で、立憲的意味での
 共通意思が形成されることがあるでしょう。

 立憲主義とは何か。
 憲法に明文の定義規定はありませんが、
 国民の権利と自由を可及的に保障するため、憲法上、公権力に
 ついての定めを置き、同時にその作用の限界を定める原理と
 いえます。

 アメリカのワイザンスキーという裁判官がかつて、国家による
 自由(社会国家)とほぼ同義に、
 積極的立憲主義(affirmative constitutionalism)という概念
 を提唱しました。

 立憲主義を放置し、権力作用のチェックを怠っている日本には、
 これと違った意味での積極的立憲主義(positive constitutionalism)
 という概念が必要です。
 
 例えば、安倍前首相の辞め方は、あれで正しかったのかどうか。
 そもそも、今回の場合、憲法70条で規律されるところのケースでは
 ありませんが・・・、

 1.(堂々と)臨時代理が置かれなかったのはなぜか。
 2.安倍首相はどういう法的根拠で辞めたのか。
  →「辞表を提出」(国会法64条)したといえるのか。
 3.任命権者である天皇に対し、辞表が提出できないのはおかしい。
 など、いろんな論点が出てきます。

 国対政治がガッチリ機能する日本にあっては、
 法の欠缼、政治的空白をもバッチリ埋め合わせる対応が
 なされました。
 
 しかし、喜んでいる場合ではありません。
 前首相の所為は、いわば消極的意味での権力濫用であって、
 立憲的意味においては、憲法的チェックがかからず、
 危なっかしい場面でもあったわけです。

 中世・近代・現代へと続く憲政史において、
 基本原理はともかく、各国の制度、議論をそのまま日本に
 当てはめるわけにはいきません。
 立憲主義の機能強化は、現実の問題として、国民の側が強く
 自覚し、現実社会に根付かせていく必要があります。

 国民の側が強く自覚する必要があるといっても、
 1億2千万人の総意を形成することはできません。
 やはり、憲法論議の原点である「国民との対話・キャッチボール」が
 不可欠なのです。国民も努力はできますが、国会からボールが
 投じられないようでは、どうしようもありません。

 積極的立憲主義の「第二の意味」。
 (実質的意味の)憲法は生き物のように、言わばアメーバの
 ように形を変え、増殖し、いつの間にか歪な形になっていく
 ものです。
 究極的にはそれは主権者がチェックし、是正する他はありませんが、
 国会には立法権を与え、国会法という法律に基づいて、
 憲法審査会という組織に、一定の権限を与えた(はずな)のです。

 そうだとすると、憲法審査会は「憲法改悪の一里塚」などと
 いう見方が、実に片面的、偏向的であるかが分かります。
 9条改正によって、現状より悪くしてはいけないという主義・主張は、
 一面において正しいものの、
 立憲的意味において、現状より良い方向での改正をも否定に解する
 という点では、立憲主義の半面しか理解できていません。
 まさに「半立憲主義」な思想です。
 
 さらに、立憲主義の意味すら分からず、何でもいいから憲法改正を、
 という言説も論外です。
 
 これらはともに、日本の立憲政治の発展を阻害します。
 結果として憲法の価値を低減させるだけです。

 憲法審査会での議論が、日常的に国民に伝わるようになると
 よいと思います。
 憲法的観点を養うという意味から、国民の思考訓練になるから
 です。

 憲法改正原案の審査以前に、憲法審査会がやることは山ほどあります。
 メディアの皆さんにはぜひ、こういう観点での報道をお願いしたい
 のです。

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